ポリファーマシーという言葉をご存知でしょうか?多くの薬を服用することで、かえって健康に悪影響を及ぼす状態のことです。特に高齢者の方々に多く見られるこの問題について、薬剤師の視点から解説し、薬に頼りすぎない健康的な生活への道筋をお伝えします。
ある高齢者の事例から学ぶポリファーマシーの実態
75歳の田中さんは、最近めまいや食欲不振に悩まされていました。かかりつけ医の山田先生の診察を受けると、田中さんが毎日10種類以上もの薬を服用していることが判明しました。糖尿病や高血圧の薬、不眠症の薬、関節痛の薬など、様々な医療機関で処方された薬が蓄積していたのです。
「田中さん、これはポリファーマシーの状態ですね」と山田先生は説明しました。田中さんは困惑した表情を浮かべます。「でも先生、これらの薬はみな必要だと言われて処方されたものです。どうすればいいのでしょうか?」
この田中さんのケースは、日本全国で増加している高齢者のポリファーマシー問題を象徴しています。厚生労働省の調査によると、65歳以上の高齢者の約4割が5種類以上の薬を常用しており、年齢が上がるにつれてその割合は増加しています。薬の数が6種類を超えると、副作用のリスクが急激に高まることも分かっています。
ポリファーマシーが引き起こす健康リスク
ポリファーマシーは単に「薬の数が多い」という問題ではありません。多剤併用による相互作用や副作用のリスク増大、さらには認知機能の低下や転倒リスクの上昇など、高齢者の健康と生活の質に大きな影響を与えます。
私に健康相談している70代の女性は、「薬の数が増えるにつれて、食欲が落ち、ふらつきも感じるようになりました。でも、薬を減らすことに不安を感じていました」と話しています。多くの高齢者が同様の悩みを抱えているのです。
ポリファーマシーの主な原因には以下のようなものがあります:
複数の医療機関による処方
高齢者は複数の慢性疾患を抱えることが多く、それぞれの専門医から薬が処方されます。しかし、医療機関間での情報共有が不十分なため、重複処方や相互作用のリスクが高まります。例えば、循環器科で処方された降圧剤と、整形外科で処方された消炎鎮痛剤が相互作用を起こし、腎機能に悪影響を及ぼすケースがあります。
処方カスケード現象
薬の副作用に対して新たな薬が処方される「処方カスケード」も深刻な問題です。例えば、NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)による胃部不快感に対して胃薬が処方され、その胃薬による便秘に対して下剤が処方される、といった連鎖が生じるのです。
高齢者の生理的変化への考慮不足
加齢に伴い、腎機能や肝機能が低下し、薬物代謝が変化します。若い頃と同じ量の薬を服用すると、体内での薬物濃度が上昇し、副作用が出やすくなります。しかし、こうした生理的変化を考慮せずに処方が続けられるケースが少なくありません。
ポリファーマシーを防ぐための実践的対策
田中さんのケースでは、山田先生は以下のような対策を提案しました。これらは多くの高齢者に応用できる実践的なアプローチです。
お薬手帳と「かかりつけ薬局」の活用
すべての処方薬や市販薬、サプリメントなどの情報を一元管理するためにお薬手帳を活用することが重要です。また、一つの「かかりつけ薬局」を決めることで、薬の重複や相互作用のチェックが容易になります。
私に相談している60代の男性は、「以前は複数の薬局を利用していましたが、一つの薬局に絞ってからは、薬剤師さんから『この薬とこの薬は一緒に飲まないほうがいい』などの助言をもらえるようになりました」と話しています。
定期的な薬の見直し(減薬の検討)
高齢者の方は、定期的に医師や薬剤師と相談して薬の必要性を見直すことが大切です。「この薬は本当に必要か?」「副作用のリスクに見合う効果があるか?」といった観点から評価することで、不必要な薬を減らすことができます。
年齢層 | 薬の種類数(平均) | ポリファーマシーの割合 |
---|---|---|
60代 | 5.2種類 | 約35% |
70代 | 6.5種類 | 約45% |
80代以上 | 7.8種類 | 約55% |
田中さんの場合、山田先生と相談しながら薬の見直しを行った結果、10種類あった薬が6種類に減りました。めまいや食欲不振といった症状も徐々に改善し、生活の質が向上したのです。
薬に頼らない健康維持法:生活習慣の改善
薬の見直しと並行して重要なのが、生活習慣の改善です。以下の方法は、多くの高齢者の方にとって実践しやすく、効果的なアプローチです。
適切な運動習慣の確立
高齢者にとって、無理のない範囲での定期的な運動は非常に重要です。ウォーキングや水中運動、太極拳などの低強度の運動でも、継続することで高血圧や糖尿病、不眠などの改善に効果があります。
田中さんは、薬の見直しと同時に、毎日30分のウォーキングを始めました。「初めは5分も歩けませんでしたが、今では30分以上歩けるようになりました。おかげで血圧も安定してきています」と喜びを語っています。
バランスの良い食事と水分摂取
高齢者の健康維持において、栄養バランスの良い食事は基本中の基本です。特に、塩分控えめで野菜や良質なタンパク質を多く含む食事が推奨されます。また、適切な水分摂取は、薬の副作用軽減や便秘予防にも効果的です。
私に相談している70代の女性は、「塩分を控えるよう意識するようになってから、むくみが減り、降圧剤の量を減らすことができました」と報告しています。
健康食品とサプリメントの賢い活用法
薬の代わりとなる健康食品やサプリメントも、適切に選べば健康維持に役立ちます。ただし、「サプリメントなら安全」という考えは危険です。健康食品やサプリメントも、薬と同様に相互作用を起こす可能性があります。
科学的根拠のある健康食品選び
多くの健康食品やサプリメントがありますが、科学的根拠が確立されているものを選ぶことが重要です。以下は、高齢者の健康維持に効果が期待できるものの例です:
健康食品/サプリメント | 期待される効果 | 注意点 |
---|---|---|
オメガ3脂肪酸(EPA・DHA) | 心血管健康の改善、炎症抑制 | 抗凝固薬との併用に注意 |
プロバイオティクス | 腸内環境の改善、免疫力向上 | 効果には個人差がある |
ビタミンD | 骨粗鬆症予防、免疫力向上 | 過剰摂取に注意 |
クルクミン(ウコン由来) | 抗炎症作用、肝機能サポート | 胆石がある方は注意 |
田中さんは、山田先生と相談した上で、オメガ3脂肪酸のサプリメントを取り入れました。「魚を毎日食べるのは難しいので、サプリメントで補っています。関節の痛みが少し楽になった気がします」と話しています。
成功事例:薬を減らし健康を取り戻した方々の体験
ここでは、実際にポリファーマシーの状態から改善した方々の事例をご紹介します。
80代女性の事例:睡眠薬依存からの脱却
睡眠薬を10年以上服用していた80代の佐藤さんは、ふらつきや日中の眠気に悩まされていました。かかりつけ医と相談し、睡眠薬を徐々に減らす計画を立てると同時に、就寝前のルーティン(温かい入浴、ハーブティー、リラックス音楽など)を確立しました。3か月後には睡眠薬なしで眠れるようになり、日中の活動性も向上しました。
70代男性の事例:多剤から必要最小限の薬へ
高血圧、糖尿病、高脂血症で8種類の薬を服用していた70代の鈴木さん。医師と相談しながら、毎日のウォーキングと食事改善(特に塩分制限)に取り組みました。6か月後には、薬の種類が4種類に減り、体調も大幅に改善。「薬に頼りすぎていたことに気づきました。今は自分の体と向き合う時間が増えました」と語っています。
結論:「ノンヤク」で始める健康革命
ポリファーマシーの問題は、高齢社会の日本において喫緊の課題です。薬は適切に使えば非常に有用なものですが、闇雲に増やすことは逆効果になりかねません。「薬を勧めない薬剤師」としての私の立場は、必要な薬は適切に服用しながらも、可能な限り「ノンヤク(NO薬)」の選択肢を探ることにあります。
田中さんのような成功事例が示すように、お薬手帳の活用や医師・薬剤師との相談、生活習慣の改善などの地道な取り組みが、高齢者の健康と生活の質を向上させる鍵となります。
最後に、ポリファーマシー対策は自己判断で行うのではなく、必ず医師や薬剤師に相談しながら進めることが重要です。現在服用している薬を急にやめると、重大な健康リスクを招く可能性があります。専門家と二人三脚で、あなたに最適な「ノンヤク健康生活」を見つけていきましょう。
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